多動性障害者、鬱日記(趣味)

過去の事とかも書いてたけど、暗くなったので趣味の部屋にすることにしました

食べ物の恨みは忘れない

今回も父親にやられた事を書いていきますね

かなりネグレクトをされていた方だとおもいますが・・・

母親が食べ物を与えてはくれたので、最低では無かったです

 

ただ差別は酷かったですねw

貧乏だったので、なめこの味噌汁とか出た時なのですが父親にはなめこいっぱい

自分のには2個浮いているだけとかでした

汁物で具材がいっぱいな記憶が無いですw

小さい事ですが、そういうのが当たり前な時代だったんだなと思います

今は子供を大事に扱う人が多くなってましたが、亭主関白という言葉が根付いてた時代なので同じ経験を味わっている人もいるんじゃないでしょうか

 

あとは祖父が正月に自分の為だけにイクラのしょうゆ漬けを作って分けてくれるので家の朝食で食べるのですが

父親はどんぶりいっぱいにイクラを敷き詰めていつのに対して、自分はご飯の上に数粒、正確な量としては小さいスプーン半分くらいしかかけて食べれなかったです

自分に食べさせたいと、祖父がくれたものなのに・・・

再度言います、祖父は父親ではなく自分用にくれたものです

小学生ながら、みじめな気持ちになりました

 

ちなみに自分の食事で豪華なものは、3パック100円の納豆

これが今売っている3パックではなく、90gとかの1パック売りの大きいやつが3パック100円で特売になっていたのが自分の豪華なご飯です

33円も使ってもらえたならいいじゃない?

違うんですよ、1パック食べると怒られましたw

なので3分の1を1食で食べて、1日33円です

お米は古米を祖父からもらってきたので、お米は普通に食べさせてもらえたと思います

 

こういう話をすると、本当に惨めにはなりますが食べ物でやられた恨みは今でも鮮明に覚えています

これが食べ物の恨みは忘れないってことなんでしょう

 

それでは今回はこの辺で

ここまで読んでいただけた方には感謝ですm(__)m