多動性障害者の鬱日記(趣味)

過去の事とかも書いてたけど、暗くなったので趣味の部屋にすることにしました

小学校給食のスティックパンの記憶

久しぶりに過去のお話をしていこうと思います

小学校給食のお話になりますが・・・

自分の家は貧乏で給食費を納めてくださいと何回も催促された記憶が第一にあります

今の給食は国で保証してくれるんでしょ?

本当に良い時代になったと思います

そんな中で小学生の時の話になりますが

月に1度ですがスティックパンの出る日がありました

外皮が堅めで中は普通のパンで1袋に2本入っているのですが

母親が好きだったので自分はパンを食べないで持って帰って母に渡していました

褒められるために自分を犠牲にする考えはこの時が最初なのかな?と思っています

母も覚えているようですが、自分の食べる分を我慢する必要はあったのかな

大人になった今ならば、子供のために我慢はあっても親のために我慢は違う気がします

何にしても自分の給食の記憶がスティックパンというものに大半を持っていかれたという話

他にも褒めてもらえるならと、プリンとかも持って帰って母親に渡してました

七夕ゼリーとかも食べたかったな・・・

ババロアを持って帰った時に嫌いだから要らないと怒られたこともあったw

そんな残念な記憶の話でした

それでは今回はこの辺で

ここまで読んでいただけた方には感謝ですm(__)m